甲状腺ホルモンが毛周期に与える役割|T3・T4と豊かな髪を育てるメカニズム

「最近、抜け毛がひどくなった」「髪のハリやコシが減ってきた」——そうしたお悩みの背景に、甲状腺ホルモンの乱れが隠れているかもしれません。甲状腺が分泌するT3(トリヨードサイロニン)とT4(サイロキシン)は、毛母細胞の増殖から成長期の維持まで、髪の一生を左右する重要なホルモンです。

この記事では、甲状腺ホルモンと毛周期の関係を分子レベルから丁寧に解説し、薄毛に悩む女性が知っておきたい知識をまとめています。なぜT3やT4が不足すると髪が細くなるのか、逆に多すぎても抜け毛が起こるのか、その仕組みを一緒に見ていきましょう。

甲状腺の数値と髪質の変化に心当たりがある方は、ぜひ最後まで読んでみてください。医療機関への相談を検討するうえでも、きっと参考になるはずです。

目次[

甲状腺ホルモンT3・T4は毛周期の「成長エンジン」として髪を守っている

甲状腺ホルモンであるT3とT4は、毛母細胞の増殖を促し、成長期(アナゲン期)を長く保つ「成長エンジン」として髪を支えています。血中の甲状腺ホルモン濃度がわずかに変動するだけでも、髪の太さや伸びるスピードに影響が及びます。

甲状腺から分泌されるT3とT4が全身に届くまでの道のり

甲状腺ホルモンの出発点は脳の視床下部です。視床下部がTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌し、それを受けた下垂体がTSH(甲状腺刺激ホルモン)を放出します。TSHの指令で甲状腺が主にT4を、少量のT3とともに血中に送り出します。

T4は「前駆体(プロホルモン)」と呼ばれ、末梢の組織で脱ヨウ素酵素によって活性型のT3へ変換されます。T4が全身に運ばれてから各臓器で”活性化スイッチ”が入る仕組みです。毛包もこの変換が行われる場所のひとつです。

毛母細胞を増やして髪を伸ばすT4のはたらき

van Beekらの研究は、ヒトの頭皮毛包を体外で培養し、T3やT4を直接加える実験を行いました。その結果、T4は毛母細胞の増殖を高め、T3・T4の両方が細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)を抑えることが確認されました。

増殖が促進されてアポトーシスが抑制されると、毛母細胞の数が維持され、太くて丈夫な髪が育ちやすくなります。甲状腺ホルモンは髪の「原材料をつくる工場」を活性化する存在だといえます。

毛周期の各段階と甲状腺ホルモンの関係

毛周期の段階期間の目安甲状腺ホルモンの影響
成長期(アナゲン期)2〜6年T4が成長期を延長し、T3・T4が毛母細胞の増殖を促進
退行期(カタゲン期)2〜3週間T3・T4がTGF-β2を抑え退行への移行を遅らせる
休止期(テロゲン期)3〜4か月甲状腺ホルモン不足で休止期が延長しやすい

成長期(アナゲン期)を延ばす甲状腺ホルモンの力

同じ研究では、T4が成長期を延長する効果も報告されています。退行期への移行を促すTGF-β2の発現をT4が抑えることが、その要因と考えられています。TGF-β2は毛包にブレーキをかけるシグナルであり、それが弱まると成長期が長く続きます。

成長期が長いほど髪は太く長く育ちます。甲状腺ホルモンが足りないと成長期が短縮して細い毛しか育たなくなりかねません。薄毛の背景に甲状腺の問題があるかどうかを確認する意義は、この点にあります。

甲状腺機能低下症で抜け毛が増える女性が多い理由

甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンの分泌が不足する状態)は女性に多い疾患で、びまん性の脱毛や毛髪の質低下を招きやすいことがわかっています。橋本病との関連も見逃せません。

甲状腺ホルモン不足で休止期脱毛(テロゲン・エフルビウム)が起こる

甲状腺ホルモンが不足すると、毛周期のサイクルが乱れ、多くの毛包が休止期へ一斉に移行しやすくなります。正常であれば頭髪の80〜90%は成長期にありますが、甲状腺機能低下症では休止期の毛包割合が増え、洗髪やブラッシングのたびに抜け毛が目立つようになります。

こうした脱毛は「休止期脱毛(テロゲン・エフルビウム)」と呼ばれ、頭髪が全体的に薄くなる「びまん性脱毛」のパターンをとることが多いです。部分的に抜けるのではなく、髪全体のボリュームがじわじわ減っていくため、気づいたときにはかなり進行していることも珍しくありません。

甲状腺低下症にありがちな毛髪の変化と見分け方

甲状腺機能低下症の患者さんに見られる髪の変化には、いくつかの特徴があります。まず髪全体が乾燥してパサつき、手触りがごわつくようになります。毛の成長スピードが遅くなるため、カットしてもなかなか伸びないと感じる方もいるでしょう。

さらに、眉毛の外側3分の1が薄くなる「クイーンズサイン」と呼ばれる所見も知られています。髪だけでなく眉毛やまつげにも変化がある場合は、甲状腺の検査を受けることをお勧めします。

橋本病や自己免疫性甲状腺炎と女性の薄毛との関係

甲状腺機能低下症の原因として多いのが橋本病(慢性甲状腺炎)です。自己免疫のしくみで甲状腺が攻撃され、ホルモン分泌能が徐々に低下します。女性の罹患率は男性の約18倍ともいわれ、中年以降に特に多い疾患です。

橋本病の患者さんでは、甲状腺ホルモンの低下に加え、抗甲状腺抗体そのものが毛包に影響を与える可能性も議論されています。円形脱毛症と橋本病の合併率が一般集団より高いことも報告されており、自己免疫という共通の背景が関わっているのかもしれません。

甲状腺機能低下と甲状腺機能亢進による髪への影響の違い

状態毛髪の特徴脱毛パターン
甲状腺機能低下乾燥・粗く脆い・伸びが遅いびまん性のテロゲン・エフルビウム
甲状腺機能亢進細くしなやか・抜けやすいびまん性で毛幹の引張強度も低下

毛包に存在する甲状腺ホルモン受容体TRβ1が毛周期を前に進める

甲状腺ホルモンが毛包に直接はたらきかけるためには、「受容体」が毛包内に存在しなければなりません。2000年のBilloniらの研究で、ヒトの毛包に甲状腺ホルモン受容体β1(TRβ1)が発現していることが明確に示されました。

毛包に存在する甲状腺ホルモン受容体の種類

甲状腺ホルモン受容体には大きくTRαとTRβの2種類があります。Billoniらは、ヒト毛包ではTRβ1がもっとも多く発現し、機能的にも重要であることを報告しました。TRβ1は毛包の外毛根鞘細胞、毛乳頭細胞、結合組織鞘細胞の核内に局在しています。

また1998年のAhsanらの研究では、外毛根鞘細胞や毛乳頭細胞、表皮ケラチノサイト、真皮線維芽細胞のすべてにTRαの免疫反応が検出されたと報告されています。つまり、甲状腺ホルモンは毛包の複数の細胞に直接作用できる仕組みを持っているわけです。

TRβ1が毛周期を前に進める分子的なしくみ

T3がTRβ1に結合すると、受容体はDNA上の甲状腺ホルモン応答配列(TRE)に結合し、下流の遺伝子発現を調節します。毛周期に関連する経路としては、Wnt/β-カテニンシグナルやHedgehogシグナルの活性化が注目されています。

2022年に発表されたマウス実験では、甲状腺ホルモン受容体のアゴニスト(作動薬)がWnt/β-カテニン経路とHedgehog経路を活性化し、休止期から成長期への移行を加速させたことが報告されました。下流のエフェクターであるサイクリンD1の発現が増加し、毛母細胞の細胞周期が進むことで、新しい毛の成長が始まるというしくみです。

甲状腺ホルモン受容体と関連シグナル経路

受容体・経路場所毛周期への影響
TRβ1外毛根鞘・毛乳頭成長期の開始・維持に関与
Wnt/β-カテニン毛包上皮幹細胞の活性化と成長期誘導
Hedgehog(Shh)毛母細胞周囲サイクリンD1の発現を促進
BMP/Smadシグナルバルジ領域幹細胞の休眠状態を維持

受容体が欠損するとマウスの毛は生えにくくなる

Contreras-Juradoらは2014年の研究で、TRα1とTRβの両方を欠損させたマウスの毛周期を観察しました。このダブルノックアウトマウスでは成長期への移行が遅れ、毛包内の細胞増殖も低下していたと報告されています。繰り返し除毛を行うと脱毛が進行し、回復が困難になったそうです。

さらに同グループの2015年の研究では、受容体欠損マウスのバルジ領域にある幹細胞は数こそ減っていないものの、ニッチからの動員が著しく低下していることが明らかになりました。幹細胞が「眠ったまま起きられない」状態に陥り、新しい毛周期がなかなか始まらなくなるのです。

毛包の中でT4をT3に変える脱ヨウ素酵素が育毛を左右する

毛包は血中から届くT3だけに頼っているわけではありません。毛包自身が脱ヨウ素酵素を使ってT4からT3を産生し、局所的なホルモン濃度を調節しています。この「毛包内変換」が正常にはたらくかどうかが、髪の運命を大きく左右します。

デヨーディナーゼ(D2・D3)が毛包でT3濃度を調節する

van Beekらの研究は、ヒト毛包がデヨーディナーゼ2型(D2)と3型(D3)の遺伝子を転写していることを初めて示しました。D2はT4からT3への変換を触媒し、局所のT3濃度を高めます。一方D3はT3やT4を不活性な代謝産物へ変換し、過剰なホルモン作用を抑えます。

つまり毛包の中にはT3を「増やすスイッチ」と「減らすスイッチ」の両方が備わっているといえます。このバランスが崩れると、局所の甲状腺ホルモン環境が乱れ、毛周期に悪影響を及ぼす可能性があります。

局所でのT3産生が育毛に結びつく理由

毛包が自力でT3を産生できるという事実は、育毛にとって大きな意味を持ちます。全身の血中T3濃度が正常でも、毛包内のD2活性が低下していれば、局所的にはT3が不足しているかもしれません。

反対にD2の活性が十分であれば、血中のT4を毛包内で効率よくT3に変換し、毛母細胞の増殖やミトコンドリアの活性化を引き出せます。甲状腺疾患がなくても、毛包内の酵素環境が髪の太さや密度を左右する可能性があります。

ヨウ素摂取と甲状腺ホルモンバランスの注意点

甲状腺ホルモンの材料となるヨウ素は、海藻や魚介類に多く含まれる栄養素です。日本人は海藻を日常的に食べるため、ヨウ素不足は少ないとされています。むしろ、昆布だしやわかめを大量に摂取しすぎることで、甲状腺に負担がかかるケースもあります。

  • ヨウ素の推奨摂取量は成人で1日あたり130μg(上限は3,000μg)
  • 昆布のだしを毎日大量に使う食生活は過剰摂取になりやすい
  • ヨウ素制限が必要な疾患を持つ方は主治医の指示を優先する
  • サプリメントでの補充は自己判断ではなく医師に相談してから検討する

甲状腺ホルモンが毛包のミトコンドリアを活性化して髪を太くする

毛包の細胞が元気に分裂するにはエネルギー(ATP)が必要です。甲状腺ホルモンT3・T4に加え、TSHやTRHも毛包内のミトコンドリアを活性化してエネルギー産生を高めることが、Vidaliらの研究で明らかになりました。

TRH・TSH・T3・T4がミトコンドリアのエネルギー代謝を高める

Vidaliらは、ヒト頭皮毛包を培養しながらTRH、TSH、T4、T3をそれぞれ投与しました。その結果、4つのホルモンすべてが、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体IVのサブユニットであるMTCO1や、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)、そしてポリンの遺伝子・タンパク質発現を増加させたと報告されています。

さらに、ミトコンドリアの複合体I/IVの酵素活性が上昇し、ミトコンドリアの新生(バイオジェネシス)も促進されていました。甲状腺ホルモンだけでなく、TSHやTRHも毛包のエネルギー工場を直接パワーアップさせる力を持っているのです。

ATP産生量が増えると毛母細胞が元気になる

同じ研究では、T3とTSHが毛包の熱産生を増やし、T3・T4・TRHが培養毛包ケラチノサイトのATP産生を促進したことも報告されています。ATPは「細胞のエネルギー通貨」と呼ばれ、細胞分裂やタンパク質合成のあらゆる活動に必要な分子です。

毛母細胞は体の中でも特に分裂スピードの速い細胞であり、豊富なATPを必要とします。甲状腺ホルモンによってミトコンドリアのATP産生が底上げされれば、毛母細胞の分裂がスムーズに進み、太くしっかりした髪が育つ土台が整います。

甲状腺ホルモン系がミトコンドリアに与える作用

ホルモン主な作用毛包への意味
T3MTCO1・TFAM発現↑、熱産生↑ミトコンドリア活性を直接高める
T4ATP産生↑、ROS産生↓エネルギー供給と酸化ストレス抑制
TSHMTCO1↑、熱産生↑TSH受容体を介して毛包間質に作用
TRHATP産生↑、抗酸化酵素↑神経内分泌系から毛包を保護

活性酸素を抑えて毛包を酸化ストレスから守る効果

ミトコンドリアのエネルギー産生が高まると活性酸素種(ROS)の増加が心配されるかもしれません。しかしVidaliらの報告では、T3とT4はROSの産生をむしろ減少させました。加えて、すべての甲状腺軸ホルモンがカタラーゼやSOD2といった抗酸化酵素の転写を促進していたのです。

酸化ストレスは毛包の老化や脱毛に関わる要因のひとつです。甲状腺ホルモンがエネルギーを増やしながら酸化ストレスを抑えるという二重の保護作用を持つ点は、髪の健康にとって心強い事実でしょう。

甲状腺ホルモンは毛包の幹細胞にも直接はたらきかける

毛周期を繰り返すためには、毛包のバルジ領域に住む上皮幹細胞が正しく活性化される必要があります。甲状腺ホルモンT3・T4はこの幹細胞にも直接作用し、ケラチン15の発現や細胞の分化を制御していることがわかってきました。

バルジ領域の幹細胞はT3・T4でケラチン15の発現が増える

Tiedeらの2010年の研究は、ヒト頭皮毛包のバルジ由来幹細胞を用いた実験を行いました。生理的濃度のT3とT4を投与すると、幹細胞マーカーであるケラチン15(K15)のプロモーター活性と発現が増強されたと報告されています。

ケラチン15は毛包幹細胞の目印として広く認知されています。その発現が増えることは、幹細胞の「準備態勢」が整っている証拠です。同時に免疫抑制性の表面分子CD200の発現も上昇しており、幹細胞を免疫攻撃から守る作用も示唆されました。

幹細胞の動員と毛周期の再スタートに甲状腺ホルモンが必要

Contreras-Juradoらの2015年の研究では、甲状腺ホルモン受容体を欠損したマウスのバルジ幹細胞が、ニッチ(居場所)から外へ出て毛周期を再始動させる「動員」に重大な障害を抱えていることが示されました。受容体がないと、Smadシグナルが過剰に活性化してβ-カテニンの核内蓄積が低下し、幹細胞が動き出せなくなります。

β-カテニンの核内蓄積は幹細胞の増殖と動員に必要な条件のひとつです。甲状腺ホルモンは、BMPシグナルを抑制し、β-カテニンシグナルを促すことで、幹細胞を「休眠から覚醒させる」役目を担っていると考えられています。

過剰なT3が幹細胞を使い果たす「甲状腺機能亢進」の落とし穴

甲状腺ホルモンは多ければ良いというものではありません。甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)でT3・T4が過剰になると、幹細胞が過度に動員・消費され、やがて幹細胞プールが枯渇してしまうおそれがあります。

実際、超生理的濃度の甲状腺ホルモンを投与されたマウスの毛包で、BMP/Smadシグナルが抑制されβ-カテニンが過剰に蓄積する様子が観察されました。幹細胞が過剰活性化するとケラチン15陽性細胞が減少し、長期的にはかえって髪が薄くなるリスクが生じます。甲状腺ホルモンの「適正量」を保つことが、持続的な育毛には大切です。

  • 甲状腺ホルモンが不足すると幹細胞が動員されず毛周期が停滞する
  • 甲状腺ホルモンが過剰だと幹細胞が消耗し長期的に薄毛につながる
  • バセドウ病治療中の方は抜け毛の変化を主治医に伝えることが大切
  • TSH・FT3・FT4のバランスを正常範囲に維持することが育毛の基盤になる

甲状腺と髪を同時にケアするために知っておきたい生活習慣

甲状腺ホルモンを適正に保ちながら髪を健やかに育てるには、日頃の生活習慣を見直すことが大切です。定期的な血液検査、バランスの良い食事、そして適切なタイミングでの受診が、甲状腺と髪の両方を守る鍵となります。

血液検査でTSH・FT3・FT4を定期的にチェックする習慣

甲状腺の機能を評価する基本的な血液検査項目は、TSH、FT3(遊離T3)、FT4(遊離T4)の3つです。TSHは下垂体から甲状腺への「指令役」であり、甲状腺機能の異常を最初に反映するため、スクリーニングとして信頼性が高い検査です。

甲状腺機能が低下するとTSHが上昇し、逆に亢進するとTSHは低下します。FT3とFT4の数値もあわせて評価することで、実際に毛包に届く甲状腺ホルモン量を推測できます。年1回の健康診断に甲状腺検査を追加してもらうだけでも、早期発見につながるでしょう。

甲状腺機能の基本的な血液検査項目と基準値の目安

検査項目基準値の目安髪との関連
TSH0.4〜4.0 μIU/mL高値は甲状腺低下を示唆、低値は亢進を示唆
FT32.3〜4.0 pg/mL活性型ホルモンで毛包に直接作用
FT40.9〜1.7 ng/dL毛包内でT3へ変換され育毛に寄与

食事・睡眠・ストレス管理で甲状腺ホルモン分泌を安定させる方法

甲状腺ホルモンの分泌は、栄養状態や生活リズムの影響を受けます。ヨウ素やセレン、亜鉛は甲状腺ホルモンの合成・変換に関わるミネラルであり、これらを含む食品をバランスよく取り入れることが望まれます。魚介類、卵、ナッツ類などが良い供給源です。

睡眠不足や慢性的なストレスはTSH分泌に影響を与え、甲状腺ホルモンバランスを乱す一因になりえます。規則正しい睡眠リズムを心がけ、ストレスを溜め込みすぎないことも髪のケアにつながる大事な土台です。

抜け毛が気になったら医療機関へ相談するタイミング

毎日50〜100本程度の抜け毛は生理的な範囲と考えられます。しかし、排水口に溜まる髪の量が明らかに増えた、分け目が目立つようになった、眉毛の外側が薄くなった、といった変化があれば、甲状腺機能の異常を疑うサインかもしれません。

皮膚科や内分泌内科では、血液検査と問診をもとに甲状腺疾患の有無を調べることができます。抜け毛は複数の原因が絡み合っていることも多いため、自己判断せずに医師と一緒に原因を探ることが回復への近道です。

よくある質問

Q
甲状腺ホルモンT3・T4の数値が正常でも薄毛になることはありますか?
A
血液検査でTSH・FT3・FT4が正常範囲内であっても、毛包内の脱ヨウ素酵素(D2・D3)のバランスが崩れていれば、局所的に甲状腺ホルモンが不足している可能性があります。全身のホルモン値と毛包レベルのホルモン環境は必ずしも一致しないため、検査値だけで安心するのではなく、髪の状態を総合的に評価することが大切です。
また、鉄欠乏性貧血やストレス、女性ホルモンの変動など、薄毛を引き起こす原因は複数あります。甲状腺の数値が正常でも抜け毛が続く場合は、ほかの要因も含めて医療機関で相談されることをお勧めします。
Q
甲状腺機能低下症の治療を始めたら抜け毛はどのくらいで改善しますか?
A
甲状腺機能低下症の治療として甲状腺ホルモン補充療法を始めると、ホルモン値の正常化にともなって毛周期も徐々に回復していきます。一般的には、治療開始から3〜6か月ほどで抜け毛の減少を実感される方が多いといわれています。
ただし、毛周期には個人差があり、成長期に移行した毛が目に見える長さに育つまでにはさらに数か月かかることもあります。焦らず治療を続けながら、定期的に血液検査で甲状腺ホルモン値の推移を確認していくことが大切です。
Q
甲状腺ホルモンと女性ホルモン(エストロゲン)は髪にどう影響し合いますか?
A
甲状腺ホルモンとエストロゲンは、それぞれ異なる受容体を通じて毛包に作用しますが、互いに影響し合う部分もあります。エストロゲンは成長期を延長する作用を持つとされ、甲状腺ホルモンと似たような方向ではたらきます。
更年期にはエストロゲンの急激な減少と同時に、甲状腺機能の変動も起こりやすくなります。両方のホルモンが同時に変化することで、抜け毛や髪質の低下がより顕著に感じられる場合があるのです。更年期に入ってから薄毛が気になり始めた方は、甲状腺機能も含めた包括的な検査を受けてみてください。
Q
バセドウ病(甲状腺機能亢進症)でも髪が抜けることがありますか?
A
はい、バセドウ病でも髪が抜けることはあります。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、毛包の幹細胞が過度に活性化されて消耗し、長期的には毛包の再生能力が低下するおそれがあります。甲状腺機能亢進症の患者さんの髪は細くしなやかになり、全体的にボリュームが減るケースが多いと報告されています。
また、毛幹の引張強度も低下するため、物理的な力で切れやすくなることもあります。バセドウ病の治療によって甲状腺ホルモン値が正常化すれば、毛周期も安定に向かうことが期待できますので、治療を継続しながら経過を見守ることが大切です。
Q
甲状腺ホルモンの検査を受けるにはどの診療科を受診すればよいですか?
A
甲状腺ホルモンの検査は、内分泌内科や甲状腺専門の医療機関で受けることができます。抜け毛を主な相談内容として受診する場合は、皮膚科でも甲状腺機能のスクリーニング検査として血液検査を行ってもらえることがあります。
まずはかかりつけ医に相談し、必要に応じて専門科を紹介してもらうのがスムーズです。抜け毛の量や時期、ほかの症状(疲労感、冷え、体重変動など)を記録しておくと、診察時の参考になります。気になる変化があれば、早めの受診を検討してみてください。
Reference

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執筆・監修医師

藤井麻美
藤井麻美
あさ美皮フ科亀戸駅前 院長

あさ美皮フ科亀戸駅前 院長
皮膚科専門医/医学博士
略歴:愛媛大学医学部を卒業後に大阪大学医学部皮膚科へ入局。退役軍人病院(米国ロサンゼルス州)皮膚科、岐阜大学医学部付属病院皮膚科を経て当院を開業。

所属:日本皮膚科学会/日本レーザー医学会/日本乾癬学会/日本アレルギー学会/江東区医師会