皮膚の病気

血栓性静脈炎とは?エコノミークラス症候群は命にかかわることも

置き針による血栓静脈炎
藤井 麻美

『ふくらはぎが急に痛くなって、赤くなってきた。触ってみると、硬くコリコリしたものがある。』 そんな場合はもしかしたら、血栓性静脈炎かもしれません。

血栓性静脈炎とは、さまざまな原因により静脈(小静脈~深部静脈)に血栓(けっせん:血のかたまり)ができ、周囲に炎症が起こります。

血栓が皮膚の表面近くの浅い部位にある小さな静脈に生じたものは、自然に治ることがほとんどですが、深部の太い静脈に生じたものは深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)と呼ばれ、肺血栓梗塞症など命にかかわる重篤な事態を引き起こすこともあるので注意が必要です。

これから血栓性静脈炎とはどのような病気なのか、どういう症状があればすぐに病院を受診したほうがいいのかなどについて、詳しく説明していきます。

血栓性静脈炎とは

血栓性静脈炎とは、さまざまな原因により静脈(小静脈~深部静脈)に血栓が形成され、周囲に炎症を生じた状態を言います。

一般的に皮膚科で診察するのは、表在性の血栓性静脈炎。皮膚に近い部位の、細い静脈に起こる病変であり、安静と痛み止めなどの症状を和らげる薬で経過をみることがほとんどです。

置き針による血栓静脈炎
引用元:ニュートリー

深部静脈血栓症(DVT)、エコノミークラス症候群とは?

血栓性静脈炎では、血栓ができた静脈が太いほど、症状が強くなります。とくに深部の太い静脈に血栓ができた場合は深部静脈血栓症(deep vein thrombosis : DVT)と呼ばれます。

太い静脈にできた血栓ができた場合に大きな問題となるのが、血栓が何かの拍子に剥がれて塞栓子となり、血流に乗って他の部位で血管の閉塞を起こすこと。

なかでも肺の動脈が血栓で閉塞した状態を肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism : PTE)といい、呼吸ができなくなり、ショックとなり突然死を引き起こすことがある恐ろしい病気です。

このPTEは約90%が下肢と骨盤内(下半身)にできた大きな血栓(DVT)によって起こることがわかっていて、DVTとPTEを合わせて静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism : VTE)と呼ばれています。

エコノミークラス症候群は,航空機に乗って発症したVTEのことです。一般的にはこちらの名前のほうがよく知られているかもしれません。

長時間の同一姿勢により下肢の静脈の流れが滞ることや、飛行機の機内は湿度が低いため脱水になりやすいことなどが原因として考えられています。

パリのシャルル・ド・ゴール空港における調査では、飛行距離が2,500 km未満での発症はなかったのに対し、10,000 km以上では100万人あたり4.77人が発症しており、飛行距離が長くなるほど発症率が高いことがわかりました。

また、VTEはエコノミークラスに限らず、ビジネスクラスやファーストクラスなどの上位クラスでも生じること、さらに長時間の移動の場合には航空機に限らず、自動車、電車や新幹線列、船などでも起こり得ることがわかってきたため、現在ではエコノミークラス症候群という名称ではなく、旅行者血栓症 (travellerʼs thrombosis)とよばれるように。

また、日本では地震災害などの際に起こるVTEが問題となっています。2004年の新潟県中越地震の際に、避難所生活を送る被災者からPTE、DVTの症例が報告され、それらの人の多くは車中泊をしていることがわかりました。

また、201年の東日本大震災でも同様の傾向がみられたため、日本循環器学会、日本高血圧学会、日本心臓病学会の合同ガイドラインとして、2014年度に「災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」が作成されており、血栓予防について触れられています。

避難所生活では、活動量の低下による血流の停滞や、水分の摂取不足による血液の濃縮が生じやすいことがリスク因子です。

また、トイレに行かないように意図的に水分を摂らない人も多くいるため、適切な水分補給やトイレやプライバシーの確保など、基本的な生活環境の改善も血栓予防の点から重要だと指摘されています。

血栓性静脈炎の症状

血栓性静脈炎では、血栓が生じて炎症を起こした静脈を中心に皮膚が赤く腫れて痛みが出る、あるいは軽症の場合はかゆみが出ます。また、血栓ができている静脈がコリコリした紐のように触れることも。

下肢、特に下腿後面(ふくらはぎ)にできることが多いです。場合によっては一週間単位で症状が変化し、よくなったり悪くなったりするのを繰り返すこともあります。

一方、DVTの場合は症状がもっと強く、激しいです。血栓ができた部位の急激な腫れと強い痛み、赤みや熱感も。そしてPTEを起こした場合は、呼吸困難、胸の痛みが97%にみられます。

数日前に急に脚が痛くなって、その後胸の痛みを訴えて倒れる、というのが典型的なDVTからPTEを発症したときのパターンです。

蜂窩織炎 との鑑別

血栓性静脈炎と同じように片方の脚(多くは下腿)が痛くなり、赤く腫れる病気で皮膚科でよくみられるものに、蜂窩織炎(ほうかしきえん)があります。

蜂窩織炎は、皮膚の小さな傷などから細菌感染を起こし、脂肪に炎症が起こる病気です。病気の初期には、血栓性静脈炎と見分けがつきにくいことがあります。

急性発症で、片側の下腿の赤みや痛み、腫れは多くの場合この蜂窩織炎ですが、症状が強い場合は必ずDVTが隠れていないかの検査を。

蜂窩織炎は抗生物質の内服を行い、外来通院で治療できることもありますが、症状が強い場合や糖尿病などの基礎疾患がある、あるいは高齢者では入院して抗生物質の点滴投与を行うこともあります。

血栓性静脈炎の原因

血栓性静脈炎は皮膚の表在静脈への物理的刺激が原因となって起こることが多いです。

静脈への物理的刺激には、静脈カテーテル(写真)の留置そのものによる刺激とカテーテルから投与された薬剤(血管拡張薬や抗ウイルス薬、抗がん剤など)による刺激があるとされています。

また、下肢静脈瘤や結核などの感染症、ベーチェット病など血栓性静脈炎を起こしやすい病気がベースにあることも。さらに、特に静脈への刺激などがないのに表在性の血栓性静脈炎を繰り返す人はDVTの発症リスクも高いため、注意が必要です。

血栓ができやすくなる、Virchowの3徴とは? 

静脈に血栓をつくる3大誘発因子はVirchow(ウィルヒョー:人名です)の3徴と呼ばれています。

① 血液凝固能亢進:先天的な異常(もともと血栓ができやすい体質)や、悪性腫瘍、ピル(経口避妊薬)や妊娠、ホルモン剤の投与などにより血液が固まりやすくなること。

② 血管内皮障害:大きな手術、カテーテル検査や治療、外傷や骨折、糖尿病などが原因で血管の内側の細胞(血管内皮細胞)がダメージを受けると血栓ができやすくなること。

③ 血流の停滞:寝たきり状態、下肢静脈瘤または飛行機やバスなどに長時間座り続けている場合(エコノミークラス症候群)、車中泊、肥満などにより血液の流れが悪くなること。

例えば、『①悪性腫瘍で②大きな手術を受けて③しばらく寝たきりになっていた人』というのはこれらの3つの特徴をすべて満たしており、血栓ができるリスクがかなり高いです。

そのため、大きな病院に入院する方は、入院時に血栓症のリスク因子が診断され、それぞれのリスク因子に合わせた予防対策を行います。

一方、一般の人(入院していない人)が気をつけないといけないのは喫煙、肥満、ピル(経口避妊薬)などがあります。喫煙と肥満がよくないのは言うまでもありませんが、実は見落とされがちなのですが、日常に潜むリスクがピルです。

というのも、女性は40代を過ぎると女性ホルモンの減少に伴い、血栓ができやすくなります。そのため40代女性のピルの内服は主治医とよく相談してメリット、デメリットを考慮して行うようにしましょう。

インターネットで手軽にピルが手に入る時代ですが、血栓ができやすくなるということをしっかり理解して、できれば対面できちんと診察を受けて内服してください。

また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でもVTEなどの血栓症を高頻度に発症し。諸外国と比べると日本人のCOVID-19患者にVTEは少ない一方で、日本人のCOVID-19患者で血栓症を発症した人はすべて重症例であり、肥満や喫煙などのリスク因子が高かったことがわかっています。

参考文献:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における静脈血栓塞栓症予防の診療指針 

血栓性静脈炎の検査

血栓性静脈炎は、特徴的な症状があるため軽症の場合は病歴の問診と触診、診察で診断がつきます。問題なのは、DVTの可能性を否定できないほどの強い症状があるときです。

その場合はなるべく早く病院で検査を受ける必要があります。ここからは、クリニックではなく病院で行う検査についてお話しです。またDVTが強く疑われる場合、皮膚科ではなく循環器科での診察、治療になります。

DVTの検査としてまず行うのは、エコー(超音波検査)。エコー検査は痛みや侵襲がなく、その場で結果がわかるため非常に有用です。

静脈は動脈よりも柔らかいため、エコー検査の際にプローベを強くあてると、正常な静脈は押しつぶされてぺたんこに。一方、血栓ができている場合は、押してもつぶれず、血の塊が白っぽくエコーで確認されます。

また、血液検査でわかる『D-ダイマー』の値を調べることも必要です。血栓ができるとこのD-ダイマーが基準値より高くなります。

D-ダイマー自体は血栓以外の病気(悪性腫瘍など)でも上昇しますが、血栓ができていれば必ず高値となるため、D-ダイマーの上昇がなければ血栓症は否定してもよいでしょう。

血栓性静脈炎の治療

血栓性静脈炎と診断されたら、安静にしてしっかり休養をとるようにまずはお話します。痛みが強い場合は解熱鎮痛剤や炎症を抑えるためにステロイドの少量内服を。

血栓性静脈炎では、もともと下肢静脈瘤などがあり脚の静脈の流れが悪くなっている人も多いためそれらの病気がないか調べます。

DVTがみつかった場合は抗凝固療法(血液をかたまりにくくする薬)を使用。また、血栓がどこかへ飛んでいかないように血管内にフィルターを留置することも。これらの治療はすべて循環器科で行われます。

まとめ

血栓性静脈炎自体は、ごくありふれた病気であり、安静にしているだけで軽快することがほとんどです。しかし、深部静脈血栓症(DVT)となると、肺血栓塞栓症(PTE)という命を落とすような恐ろしい病気につながることをぜひ知っておいてください。

脚(多くはふくらはぎ)が痛くなって、赤く腫れてきた場合は、皮膚科を受診してください。ただし、痛みがとても強い、脚が腫れて明らかに左右差がある、赤い範囲が広い、など症状が強い場合は大きな病院に紹介になることもあります。

参考文献

肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に 関するガイドライン(2017年改訂版)

記事URLをコピーしました