薄毛の原因はAGAだけじゃない!甲状腺が原因となる薄毛とは
男性の薄毛の主な原因である男性型脱毛症=AGA(Androgenetic Alopeciaの略)では、髪の薄くなる部位が、髪の生え際やつむじの所が典型的であると言われています。
AGAの情報をインターネットなどでも多くみかけるので、
「最近抜け毛が多くなってきたな。。」
と感じる人は、自分がAGAではないかと疑うことがあると思います。しかし、薄毛の原因は必ずしもAGAだけとは限りません。
AGAでは、頭頂部や額の生え際が薄毛になっていくのが特徴です。それ以外の部分の薄毛が目立ってきたり、全体的に薄毛になってきた場合は、AGA以外の原因が潜んでいる可能性があります。
AGA以外で薄毛の原因となる病気の一つに、甲状腺ホルモンの不足が挙げられますが、甲状腺ホルモンと聞いてもピンとこない方も多いのではないでしょうか。
今回は、甲状腺機能低下症と薄毛の関係について解説します。
AGA以外にも薄毛の原因はたくさん
最初にお伝えした通り、男性における薄毛や抜け毛の原因の代表格はAGAになります。しかし、男性が薄毛や抜け毛が増えてきたと感じた時に、AGAのはずだと決めつけてはいけません。
AGA以外にも、薄毛の原因となる病気があります。男性における脱毛症の具体的な原因には、以下の疾患があげられます1) 。
<AGA以外の薄毛の原因>
- 甲状腺機能異常症
- 円形脱毛症
- 腫瘍(副腎腫瘍、下垂体腫瘍)
- 糖尿病
- 全身性エリテマトーデス
- サルコイドーシス
- 感染症(結核、水痘帯状疱疹ウイルス)
- 鉄欠乏、亜鉛欠乏、ビタミンD欠乏
- 医薬品(抗がん剤、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗てんかん薬、高脂血症薬、レチノイド、インターフェロン製剤など)
- 精神的ストレス など
ここでは、すべての原因についての説明は省略しますが、大まかに言うと脱毛のパターンはAGAとそれ以外の原因で特徴が異なります。AGAによる薄毛は、額の生え際や頭頂部に見られるのが特徴的ですが、AGA以外が原因となる場合にはこのような特徴は見られません。
一概に薄毛になる場所だけで原因がはっきりすることはありませんが、一部に特徴的な薄毛パターンを呈する病気も。甲状腺機能低下症では、側頭部の薄毛が特徴的と言われ、AGAの薄毛パターンとは異なります。
今回は甲状腺機能低下症と薄毛について解説していきますが、その前にAGAの薄毛になるメカニズムを知っておくと、甲状腺機能低下症とは異なるということが理解しやすいため、先にAGAについて解説しましょう。
AGAの発症には、男性ホルモンと遺伝が関与しています。AGAのメカニズムを簡単に説明すると、男性ホルモンにより髪の毛の成長サイクルが短くなって、成長が止まってしまい、髪の毛が十分成長しないまま抜け落ちてしまう病気です。
AGAは男性ホルモンの影響で薄毛になるのですが、なぜ薄毛部位が前頭部や頭頂部に多いのか不思議ではありませんか?
実は、男性ホルモンがAGAの原因となるジヒドロテストステロンへ変換されるために必要な5αリダクターゼという酵素が、前頭部や頭頂部に多く存在するのが原因です。
そもそも甲状腺ってなに?
みなさん、「甲状腺」は聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、具体的にどのような役割がある臓器か知っていますか?
甲状腺は、何となく体のホルモンの調子に関わるものといったイメージを持つ方もいますが、実は、髪の毛にも影響があります。ここでは甲状腺と甲状腺ホルモンについて解説。
甲状腺とは?
甲状腺は、のどぼとけの下にある蝶(ちょう)の形に似た臓器。大きさはだいたい縦と横がそれぞれ数cmで厚さはおおよそ1cmと小さい臓器です。
通常は、外から見てもみえませんし、普通に触っただけではよくわかりません。しかし、甲状腺は体にとって非常に重要な働きをしています。
甲状腺はどのような形でさまざまな働きを行うのかというと、秘密はホルモンです。甲状腺からは、「甲状腺ホルモン」という物質が作られ、このホルモンが血液を介して全身に働きかけます。
ホルモンと聞くと焼き肉の部位の一つで牛や豚の胃袋や腸をイメージするかもしれませんが、人間にとってのホルモンは、血液の中に存在する物質で、血液を通して全身に駆け巡り、体のさまざまな働きを調節。
甲状腺ホルモンは、ヨウ素という昆布や海藻類に多く含まれる栄養素から作られ、甲状腺ホルモンは、体の新陳代謝を促すことが知られています。
※新陳代謝:古いものが徐々になくなり、新しいものに入れ替わること。人体においては、体に必要なものを取り入れて、必要ないものを外へ排出することをいいます。
甲状腺ホルモンが体にとってどのように働くかについて図にまとめました。簡単に言うと、甲状腺ホルモンは体のさまざまな部分を元気にする車のアクセルのような役割があります。また、子どもの成長や発達にも不可欠なホルモンです。
このように、体にとって大切な甲状腺ホルモンですが、何らかの理由で甲状腺ホルモンの量が不足してしまうことを「甲状腺機能低下症」といいます。
甲状腺機能低下で薄毛になる理由
甲状腺ホルモンは、全身の細胞の新陳代謝に関わっていますが、髪の毛との関係はどうなっているのでしょうか。甲状腺ホルモンが不足する甲状腺機能低下症では、脱毛を生じることが。
甲状腺ホルモンは全身に働きかけますが、髪の毛も例外ではなく、毛髪の細胞の新陳代謝や発育にも深く関わっています。ここで正常のヘアサイクルについて再度取り上げましょう。
髪の毛には寿命があり、髪の毛が伸びる→抜ける→また新しく生えることを繰り返し、これをヘアサイクルといいます。具体的に髪の毛には成長期→退行期→休止期と3つの期間があり、通常成長期が一番長く、2-6年。
甲状腺ホルモンは、ヘアサイクルにおける成長期の期間を延長する作用や、脱毛因子であるTGF-βの発現を抑制するという研究結果があります2) 。
そのため、甲状腺機能が低下すると、成長期が短くなったり、休止期が長くなってしまい、休止期の髪の毛が増加。また、脱毛因子が増加し、脱毛も促進されて、その結果、発毛もままならず脱毛が進行するため、薄毛となってしまうのです。
甲状腺機能低下症が原因の脱毛は、AGAに見られる額の生え際や頭頂部を中心とした脱毛のパターンとは異なり、AGAの影響を受けにくい側頭部でも薄毛になります。 また、薄毛だけでなく髪の毛の新陳代謝も低下しているので、毛自体もツヤがなく、乾燥してパサついた髪の毛に。
もし、額の生え際や頭頂部だけでなく、側頭部も薄毛になっているようなら甲状腺機能低下症を疑うことが必要です。
甲状腺機能低下症の症状
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの作用が低下している状態のことです。甲状腺機能低下症の有病率はアメリカやヨーロッパにおいて約5%で、日本でも同程度存在すると言われていて3) 。男女別では女性のほうが多く、高齢者に多いとされています。
●原因
日本で一番多い甲状腺機能低下症の原因は、慢性甲状腺炎(橋本病)です。遺伝的要因や環境要因の関与が示唆されています。
その他には、薬剤性(ヨウ素を含む薬剤)やヨウ素過剰摂取でも甲状腺機能低下に。まれに、脳腫瘍などが原因でも甲状腺機能が低下することがあります(中枢性甲状腺機能低下症)4) 。
●症状
甲状腺ホルモンはさまざまな働きがあり、全身の細胞の新陳代謝を促進します。そのため、甲状腺ホルモンの作用が低下すると多彩な症状が出現。
日本甲状腺学会の甲状腺機能低下症の診断ガイドラインが示されています5) 。少し複雑ですが参考程度にご覧になってください。
簡単にポイントをまとめると、以下の通りとなります。
- 原発性甲状腺機能低下症は、甲状腺自体に原因があるものを言う。
- 中枢性甲状腺機能低下症は、脳に原因があるものを言う。
- 何らかの甲状腺機能低下症状があり、甲状腺ホルモンを測定し、低値であることを確認する。
- 脳から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)が高ければ原発性、低ければ中枢性の甲状腺機能低下症である。
【原発性甲状腺機能低下症】
a)臨床所見
無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢、嗜眠、記憶力低下、便秘、嗄声等いずれかの症状
b)検査所見
遊離T4低値(参考として遊離T3低値)およびTSH高値
原発性甲状腺機能低下症
a)およびb)を有するもの
【付記】
- 慢性甲状腺炎(橋本病)が原因の場合、抗TPO抗体または抗サイログロブリン抗体陽性となる。
- 阻害型抗TSH-R抗体により本症が発生することがある。
- コレステロール高値、クレアチンキナーゼ高値を示すことが多い。
- 出産後やヨウ素摂取過多などの場合は、一過性甲状腺機能低下症の可能性が高い。
- 小児では成長障害や甲状腺腫を認める。
【中枢性甲状腺機能低下症】
a)臨床所見
無気力、易疲労感、眼瞼浮腫、寒がり、体重増加、動作緩慢、嗜眠、記憶力低下、 便秘、嗄声等いずれかの症状
b)検査所見
遊離T4低値でTSHが低値~基準範囲内
中枢性甲状腺機能低下症
a)およびb)を有するもの
除外規定
甲状腺中毒症の回復期、重症疾患合併例、TSHを低下させる薬剤の服用例を除く。
【付記】
- 特に中枢性甲状腺機能低下症の診断では、下垂体ホルモン分泌刺激試験や画像検査が必要なので、専門医への紹介が望ましい。
- 視床下部性甲状腺機能低下症の一部では、TSH値が10μU/ml位まで逆に高値を示すことがある。
- 重症消耗性疾患にともなうNonthyroidal illness(低T3症候群)で、遊離T3、さらに遊離T4、さらに重症ではTSHも低値となり鑑別を要する。
甲状腺による薄毛は治療で治ります。
甲状腺機能低下症によって薄毛が起こってしまうことを説明しましたが、一つ気になるのが甲状腺機能低下症で生じた薄毛は改善するのか、ということでしょう。
AGAにはいくつか治療方法がありますが、甲状腺機能低下が原因で薄毛になってしまったらもはや改善できないのでは、と不安になるかと思います。
結論から言いますと、甲状腺機能低下症による薄毛は、治療によって改善することが可能です。甲状腺機能低下症に対してしっかりと治療を行うことで、髪の毛の新陳代謝やヘアサイクルが改善し、脱毛が減り、髪の毛が生えてくるようになります。
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの量が不足してしまう病気ですので、足りなくなった甲状腺ホルモンを補うことがメインの治療です(他の原因で甲状腺機能低下が生じた場合は、その原因に対する治療を行うことも)。
具体的には、甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシンナトリウム水和物と呼ばれる薬を内服するのが一般的です。内服する量は、甲状腺ホルモンの数値をみて調整されます。
Q&A よくある質問
側頭部にも薄毛が目立ってきた、薄毛以外にも最近疲れやすくなってきたなど甲状腺機能低下症を疑うような時は、何科にかかればいいか迷うのではないでしょうか。
ホルモンを産生する臓器のことを内分泌器官と呼びます。甲状腺は、甲状腺ホルモンを産生する内分泌器官です。そのため、内分泌を扱う内分泌内科にかかりましょう。病院によっては、甲状腺に特化した甲状腺科がある病院もあります。
近くに内分泌内科がない場合は、一般の内科でも大丈夫でしょう。甲状腺機能低下は比較的多く見られる疾患であり、内科の先生も見たことがあるかと思います。また、詳細な検査はできなくとも、甲状腺機能低下がないかどうか採血検査をしてくれる病院も。
耳鼻咽喉科という選択肢もありますが、耳鼻咽喉科は病院によって耳、鼻に特化していたり、必ずしも甲状腺を診ているわけではありません。
首の腫れが強く、甲状腺かどうかわからない、普段かかりつけの耳鼻咽喉科があって、まずは診てもらいたいというのであれば耳鼻咽喉科で構いませんが、そうでなければ内分泌内科や内科を受診してみるといいでしょう。
甲状腺機能低下について受診する診療科は、以下の順番でおすすめします。
- 内分泌内科(内分泌代謝科、代謝内分泌科、甲状腺科)
- 一般内科
- 耳鼻咽喉科
甲状腺機能低下症の回復状態によります。甲状腺機能低下症による薄毛で、甲状腺ホルモン製剤等で治療し、薄毛も改善した場合は、甲状腺の治療を中断してしまうとまた薄毛になる可能性が。
一部のケースでは、甲状腺機能低下症が一時的なこともありますが、一時的かそうでないかを自分自身で判断するのは難しいと思います。甲状腺機能低下症の治療を中止できるかどうかは、医師に相談して判断を仰ぐようにしてください。
AGAの治療薬には、フィナステリドやデュタステリドの内服薬やミノキシジル内服薬・外用薬があります。
●フィナステリド、デュタステリド(5αリダクターゼ阻害薬)
フィナステリド、デュタステリドともに5αリダクターゼ阻害薬と呼ばれます。
5αリダクターゼは、男性ホルモンであるテストステロンに作用し、より強力なジヒドロテストステロンへ変換。ジヒドロテストステロンは脱毛因子を産生し、その結果、脱毛が促進されます。
5αリダクターゼ阻害薬は、5αリダクターゼの働きをブロックして脱毛を防ぐ効果が。
●ミノキシジル
ミノキシジルは、血管を拡張させる効果があることから血圧を下げる薬として開発されました。副作用として体毛が濃くなることが報告されたことをきっかけに、現在は発毛剤として使用。
ミノキシジルの作用機序は完全には解明されていませんが、血管拡張作用による頭皮の血流改善や毛包に直接作用し、細胞の増殖や成長因子の合成を促進するのではないかと考えられています。
次に甲状腺機能低下症の治療薬は、甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシンナトリウム水和物と呼ばれる内服薬。これは、甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンと同じ作用がある合成甲状腺ホルモンです。
AGA治療薬と甲状腺機能低下症の治療薬は、それぞれ働きかける場所が異なるので、両者は併用しても問題ありません。
AGAと思って治療を続けていたけれども実は甲状腺機能低下症による脱毛であったり、逆に甲状腺機能低下症による脱毛と思っていたけれどもAGAも合併していたというケースもあります。
両者を併用すること自体は問題ありませんが、本当は併用する必要がなかったり、逆に併用しなければ薄毛は改善しない可能性もある、ということに気をつけてください。
甲状腺機能低下症の治療は、甲状腺ホルモン製剤であるレボチロキシンナトリウム水和物を内服することです。このお薬は安全な薬ですが、いくつか注意点があるので解説します。
●副作用
肝機能障害や狭心症(胸の痛みや圧迫感)、副腎不全などが挙げられますが、基本的に重い副作用はないとされています。薬の量が多い場合、動悸、発汗、手のふるえなどの副作用が現れることもありますので、このような症状があれば医師に相談してください。
●飲み合わせ(薬の吸収が悪くなる)
甲状腺ホルモン製剤は、飲み合わせる薬の成分によって薬の吸収が悪くなるので注意が必要です。
具体的には、貧血の治療に用いられる鉄剤やアルミニウムを含む制酸薬や、スクラルファートや亜鉛を含む胃薬を一緒に内服すると、甲状腺ホルモンの吸収が低下します。
また、高コレステロール血症などに用いる陰イオン交換樹脂製剤のコレスチラミン(クエストラン)やコレスチミド(コレバイン)なども同様です。
これらの薬も飲む必要がある場合は、服用間隔を3-4時間あけるようにしましょう。
まとめ
今回は、甲状腺機能低下症と薄毛について解説しました。
男性の薄毛はAGAの割合が多いとされていますが、男性も甲状腺機能低下症になる場合があります。
側頭部にも脱毛部位を認めたり、元気がなくなったなと感じることがあれば、AGAと決めつけずに甲状腺機能低下症など他の原因がないか病院に相談してみるといいでしょう。
参考文献
- 木下 美咲. 毛髪と全身・他臓器疾患. 杏林医会誌. 49: 163-167, 2018
- van Beek, N, et al. Thyroid hormones directly alter human hair follicle functions: anagen prolongation and stimulation of both hair matrix keratinocyte proliferation and hair pigmentation. J Clin Endocrinol Metab 93(11):4381-4388, 2008. doi: 10.1210/jc.2008-0283.Epub 2008 Aug 26.
- 内科学書. 改定第9版. 南学正臣ら. 中山書店. 2019
- 中島康代. 甲状腺機能低下症の診断と治療の基本. Medical Practice.39: 14-18, 20225) 日本甲状腺学会:甲状腺機能疾患診断ガイドライン2021. 甲状腺機能低下症の診断ガイドライン. https://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/japanese.html