自慰行為が多いと薄毛になるって本当?

「自慰行為(オナニー)をすると薄毛になる」
薄毛でお悩みの方なら一度は聞いたことがある言葉かもしれません。何となく正しいようなイメージがありますよね。
ある調査では、年代により少し差はありますが、全男性の8割が自慰行為をしているという結果が出ています1) 。つまり、自慰行為は多くの男性が日常的に行っているということに。
そのため、「普段の自慰行為のせいで薄毛になってしまったらどうしよう、しないほうがいいのかな」と不安になってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回、自慰行為と薄毛は本当に関係があるのかについて解説していきます。
自慰行為と薄毛のうわさ
最初にも触れましたが、「自慰行為をすると薄毛になる」というまことしやかな噂が存在。昔から言われていますが、現代でもインターネットでこの手の話は多く見受けられます。
本当に自慰行為をすると薄毛になってしまうのでしょうか。結論を申しますと、「自慰行為が直接的な薄毛の原因とは考えにくい」です。
自慰行為と薄毛の間に明らかな因果が見いだせていないのに、なぜこのような噂が広がっているのでしょうか。インターネット等をみるとこの噂を裏付ける理由として以下の3つが挙げられているからかと思います。
- 「自慰行為が多い=男性ホルモンが多くなるから」
- 「射精により髪の毛の発育に必要な亜鉛がたくさん使用されてしまうから」
- 「射精により髪の毛の発育に必要なタンパク質が減ってしまうから」
いずれの説も、一見するともっともらしい理由に感じてしまい、そのため、「自慰行為をすると薄毛になる」という誤解が広がっているのではないかと思います。
自慰行為は、日常の性生活の一部分を占めている行為であり、我慢するのはつらく感じるのではないでしょうか。これから、自慰行為が薄毛と関連するという説について解説していきます。
噂の理由:①自慰行為が多い=男性ホルモンが多い?
自慰行為が薄毛の原因になる理由として一番挙げられているのが、「自慰行為によって男性ホルモンが増えるから」という説です。
男性ホルモンの1つであるテストステロンは、性欲、勃起、射精に影響を及ぼすと考えられ2) 、性生活に欠かせない大切なホルモン。射精する際に性的興奮を受けると、テストステロンは上昇します。
気をつけていただきたいのは、テストステロンが増える=抜け毛が増えて薄毛になるわけではないということです。
ここで少し疑問を持たれた方はいませんか?
男性型脱毛症であるAGAは、男性ホルモンが大きく関わっていると言われています。それなのに、男性ホルモンであるテストステロンが増えても薄毛になるわけではないというのに違和感を持つことでしょう。
後ほど解説しますが、抜け毛と強く関わりがあるのは男性ホルモンの中でジヒドロテストステロンと呼ばれるホルモンです。
自慰行為により、一時的にテストステロンは増えますが、ジヒドロテストステロンが増えるというわけではありません。このため、自慰行為による男性ホルモンの上昇は薄毛への直接的な原因とは考えにくいと言えます。
噂の理由:②射精により亜鉛がたくさん使用される?

射精をすると亜鉛が多く消費されてしまうから薄毛になってしまうという説も時折みかけることがあります。
亜鉛は、牡蠣、牛肉、卵、ナッツなどに多く含まれる栄養素で、髪の毛を含む細胞や組織の新陳代謝を活発にする働きがあり、不足すると抜け毛が増えます。亜鉛は髪の毛にとって大切な栄養素の一つです。
果たして本当に射精をすると亜鉛が足りなくなってしまうのでしょうか。結論から言うと、射精で亜鉛が足りなくなってしまうということは考えにくいです。
精液に含まれている亜鉛の濃度は、1dL(100ml)あたり10mgと言われています3) 。そして、1回の射精の際に放出される精液の量は、2-4ml。このことから、1回の射精による亜鉛喪失量は、計算すると概ね0.2-0.4mgとなります。
日本人男性の1日の亜鉛必要量は、おおよそ10mg4) 。亜鉛必要量と比べて射精によって喪失する量は微々たるもので、影響はほとんどないといっていいでしょう。
噂の理由:③射精によりタンパク質が減ってしまう?

自慰行為と薄毛の関連の根拠とされる3つ目の説は、「射精によって髪の毛の発育に必要な蛋白質が減ってしまう」です。この説も亜鉛と同様に時折見かけます。
ここでは蛋白質と髪の毛の関連と、射精によってタンパク質が減ってしまうかについてお話ししましょう。
まず、蛋白質と髪の毛はどのように関係するのかについてです。髪の毛の主な成分は、ケラチンと呼ばれる蛋白質。蛋白質が足りなくなる=ケラチンが不足するということになります。
ケラチンが不足すると、髪の毛が細くなる、抜け毛が増加することになりかねません。そのため、髪の毛にとって蛋白質は貴重な栄養素です。
では、射精によってタンパク質は減ってしまうのでしょうか。精液は水分がほとんどで、約80%を占め、残りはタンパク質、果糖、亜鉛などが。精液中の蛋白質は1mlあたり5mgほどと言われています。
1回の射精の精液量は2-4mlなので、10-20mgの蛋白質が含まれていることに。日本人男性の1日に必要な蛋白質は身体活動量にもよりますが概ね75-150gとなります5) 。
亜鉛と同様に蛋白質も必要量と比べて射精によって喪失する量は微々たるものです。影響はほとんどないといっていいでしょう。
亜鉛、蛋白質とも、髪の毛にとって重要な栄養素であり、自慰行為をひかえることより規則正しい食生活をおくることが重要です。
薄毛の原因とは?
ここまでのお話で射精と薄毛について明らかな関連はないということを説明してきました。では、実際に薄毛はどのようにして起こるのでしょうか。薄毛の原因には、以下のものが挙げられます。
薄毛の原因となるもの
- 男性ホルモン
- 遺伝的要因
- 生活習慣
- ストレス
- 頭皮環境の乱れ
- 甲状腺機能異常症、円形脱毛症などの病気
- 栄養素の欠乏(鉄、亜鉛、ビタミンD)、腫瘍(副腎腫瘍、下垂体腫瘍)
- 医薬品の副作用(抗がん剤など)
このように、薄毛の原因には非常に多くのものがあります。その中で、男性の薄毛の原因で最も多いのは男性ホルモンが関与するAGAです。AGAのメカニズムについて確認してみましょう。
髪の毛は、男性ホルモンの影響を受けると、毛の成長サイクルが短くなり、成長が停止。そして髪の毛が十分成長しないまま、細い状態で抜けていきます。

男性ホルモンが薄毛に影響すると言いましたが、男性ホルモンにはテストステロンとジヒドロテストステロン(DHT)などが種類があります。薄毛に関係するのはジヒドロテストステロンです。
テストステロンが5αリダクターゼという酵素と結合すると、ジヒドロテストステロンという強力な男性ホルモンへ変化します。このジヒドロテストステロンに薄毛と大きなかかわりがあるのです。ジヒドロテストステロンは、脱毛因子を産生してしまうので脱毛が進行してしまいます。
自慰行為でテストステロンが少し増加することはありますが、増えたテストステロンがそのまま5αリダクターゼと結合してジヒドロテストステロンになるわけではありません。
AGA治療について

AGAが男性の主な薄毛の原因ですが、AGAの治療にはどのようなものがあるのでしょうか。
インターネットなどで情報を調べると、AGAの治療方法はたくさん載っています。内服薬や外用薬、レーザー治療、毛髪再生医療などが。
日本皮膚科学会が2017年に発表した男性型および女性型脱毛症診療ガイドラインで行うよう強くすすめる治療法として「フィナステリド(プロペシア)内服」、「デュタステリド(ザガーロ)内服」、「ミノキシジル外用」を挙げています6) 。
この代表的な3つの治療薬について解説。
①フィナステリド(プロペシア)、デュタステリド(ザガーロ)
フィナステリド、デュタステリドともに、5αリダクターゼ阻害薬と呼ばれる内服薬で、AGAの代表的な治療薬です。
前述した通り、5αリダクターゼはテストステロンに作用し、より強力なジヒドロテストステロンへ変換させて脱毛因子を産生し、脱毛が促進されて薄毛になってしまいます。
5αリダクターゼ阻害薬はその名の通り、5αリダクターゼの働きをブロックして脱毛を防ぐ効果が。
フィナステリドやデュタステリドはともに5αリダクターゼ阻害薬ですが、少し異なる部分もあります。表にまとめたので参考にしてください。
フィナステリド | デュタステリド | |
効能又は効果 | 男性における男性型脱毛症 | 男性における男性型脱毛症の進行遅延 |
作用機序 | Ⅱ型5αリダクターゼを阻害 | Ⅰ、Ⅱ型5αリダクターゼを阻害 |
内服のタイミング | 1日1回内服。食事の影響がないため、いつ服用しても問題はない。 | |
1日の内服量 | 0.2~1mg | 0.1~0.5mg |
副作用 | 性欲減退、勃起不全、肝機能障害、抑うつ傾向など。デュタステリドにおいて性欲減退、勃起不全がやや多い。 | |
ほかの薬の影響 | 影響なし | CYP3A4を阻害する薬に注意 |
献血 | 内服中は不可。休薬1か月後より可能。 | 内服中は不可。休薬後6か月後より可能 |
注意点(してはいけないこと) | 小児や女性への投与はしない。妊婦に対して薬剤を触れないようにする。デュタステリドに関しては重篤な肝機能障害がある場合は投与不可。 |
フィナステリドがⅡ型5αリダクターゼの働きをブロックするのに対して、デュタステリドはⅠ型Ⅱ型5αリダクターゼ両方を阻害する効果が。
作用機序としては、フィナステリドと同じでテストステロン→ジヒドロテストステロンの変換を抑制し、脱毛を遅らせます。
②ミノキシジル
ミノキシジルは血管を拡張させる効果があり、降圧薬として使用されてきた歴史があります。ミノキシジルを使用していた患者さんの体毛が濃くなることが判明し、その副作用を利用して現在はAGAの治療薬として用いられるようになりました。
どのようにミノキシジルが発毛を促しているのかはっきりとはわかっていないですが、血管を拡張させて頭皮への血流が増加する、髪の毛の成長を促す毛乳頭細胞を活性化させるといったことが考えられています。

ミノキシジルは、外用薬と内服薬の2種類あります。外用薬は日本でも一般用医薬品として承認されています。医療機関で販売されていますが、自分でドラッグストア等でも購入可能です。
一方、内服薬は日本では承認されていない未認可の薬。しかし、発毛効果は外用薬よりも強く、AGA専門の医療機関などではすでに処方されています。
まとめ
今回、自慰行為と薄毛の関連について深掘りするために、根拠とされる説に触れつつ解説しました。自慰行為は直接的に薄毛との関連はありません。
男性の薄毛の主な原因であるAGAは、男性ホルモンのうちジヒドロテストステロンによるものです。自慰行為でテストステロンが少し増えただけでは、ジヒドロテストステロンは増加しないと考えるのが適切でしょう。
自慰行為や性行為をひかえる必要はなく、薄毛の治療はフィナステリドやデュタステリド、ミノキシジルなどの薬で行います。
薄毛が気になる、薄毛になりたくないと不安に感じる方は、専門の医療機関を受診して相談しましょう。
参考文献
- 【ジェクス】ジャパン・セックスサーベイ. 2020. 調査結果報告書. https://www.jfpa.or.jp/pdf/sexservey2020/report.pdf
- 山辺 史人ら. ED診療のアルゴリズム. 泌尿器外科. 32:795-798, 2019
- Hidiroglou M, et al. Zinc in mammalian sperm: a review. J Dairy Sci 67(6):1147-1156, 1984. doi: 10.3168/jds.S0022-0302(84)81416-2.
- 児玉 浩子ら. 亜鉛欠乏症の診療指針2018(解説). 日本臨床栄養学会雑誌 40:120-167,2018
- 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020 年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書. https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
- 日本皮膚科学会. 男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017 年版. https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/AGA_GL2017.pdf